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専門家インタビュー

2021.10.15

企業は従業員の「働き方」をいかに支援していけばいいのか
生産性向上のための「労働時間管理」と「休み方改革」

早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 黒田祥子さん

かねてより日本企業の「労働生産性の低さ」が指摘されています。欧米をはじめとする海外企業は、日本企業よりも短い労働時間で同等かそれ以上の成果をあげており、それが競争力の大きな差につながっているとされる問題です。現在、多くの企業が取り組んでいる「働き方改革」も、そもそもは労働生産性を改善することが最大の目的でした。では、働き方改革によって、日本人の労働時間はどう変化したのでしょうか。また、欧米企業の生産性の高さはどのように実現されたものなのでしょうか。労働経済学の見地から労働時間や余暇、生産性、働き方と健康などの研究で知られる早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授の黒田祥子さんに、これからの企業に求められる労働時間管理、休み方改革の考え方についてうかがいました。

50年間で平日が忙しくなった日本人

――日本人の労働時間は、時代背景とともにどのように推移しているのでしょうか。

1970年代からの長いスパンでの変化を知るデータに、総務省の『社会生活基本調査』があります。日本人が24時間をどう使っているのかを15分刻みで調べたもので、数十万人を対象とする大規模な調査です。その統計から「フルタイム労働者のうち平日に1日10時間以上働く人の割合」を見ると、男性・女性とも右肩上がりで増え続けています。2016年は男性43.8%、女性19.9%という結果です。ここでいう労働時間には、昼休みや通勤時間などが含まれません。それでも10時間ですから、かなりの長時間労働といえます。

一方、フルタイム労働者の年間総労働時間のデータを見ると、この20年間ほぼ横ばいです。総労働時間は変わらないのに、平日の労働時間は増えている。これは1980年代の終わり頃から週休2日制が一般的になったことの影響だと考えられます。それまで土曜日にやっていた仕事を、平日にやるようになったからです。1日に12時間以上働く人の割合を1976年と2016年で比較すると、男性は4%から17%、女性は0.6%から5%と大幅に増えています。

これは都市部に限らず、ほぼ全国的な動きです。世界的に見ると長時間労働が顕著なのはOECD加盟国では日本と韓国だけなので、グローバル化の影響によるものとはいえません。まとめると、日本の総労働時間は年間ベースではそう変わっていませんが、平日に限ると以前よりも忙しくなっています。国際的に見ても、長時間労働をしている人が多いといえるでしょう。

――現在のコロナ禍の影響により、労働時間に変化は見られるのでしょうか。

まず、コロナ禍直前までの傾向を振り返ってみたいと思います。統計局の『労働力調査』に、週60時間以上働く「超長時間労働者の割合」を調べたデータがあるのですが、2013年・2016年・2019年を比較すると、超長時間労働者は徐々に減少していることがわかります。改訂労基法の施行は2019年4月ですが、それ以前から大手企業を中心に超長時間労働の是正に取り組む動きがありました。先行して取り組んでいた企業の「働き方改革」の結果が表れていると考えられます。

では、残業も大きく減ったのかというと、そうではありません。同じデータで「週49~59時間働く人の割合」を見ると、ほとんど減っていない。おそらく「週60時間」が一種の閾(しきい)値になっていて、それを超えそうになると注意喚起する企業が多いのではないでしょうか。働き方改革の成果としては、超長時間労働者に関しては少しずつ減ってきている、というのが正直なところだと思います。

『労働力調査』には2020年のデータもありますが、超長時間労働も長時間労働も減っています。ただし、その理由が働き方改革なのかコロナ禍の影響なのか、現時点で結論を下すのは難しいです。

内閣府が、三次にわたる緊急事態宣言前後の労働時間の変化を調べています。2020年5月、2020年12月、2021年4月に、6000~7000名を対象に調査したものですが、2019年12月(感染症拡大前)から「労働時間が減った人」は4割近くいました。逆に「増えた人」も1割程度います。いわゆるエッセンシャルワーカーなどは増えたほうに入るのでしょう。2020年5月と2021年4-5月調査を比較すると「やや増加」や「増加」した人」がやや増加傾向になりますが、9割弱程度の人は「減少」か「概ね変化ない」と答えていることがわかります。

欧州の不況対策が高い生産性を生んだ

――近年、日本企業の労働生産性の低さが指摘されています。労働生産性の高い企業とそうでない企業では、働き方や時間管理にどのような違いがあるのでしょうか。

そもそも生産性の定義が企業によってさまざまなので、働き方と生産性を関連づけて企業間を比べることは、学術的に難しいといえます。では、なぜ「日本は生産性が低い」といわれるのでしょうか。1970年代以降のOECD加盟国の時間当たり生産性の推移を各国間比較したデータがあり、アメリカを100とすると、日本はバブル崩壊以降ずっと60前後に停滞しているからだと思われます。

日本の生産性がなかなか高くならない一方で、1970年代からの働き方改革によって労働時間を減らし、一時はアメリカをしのぐほど高い労働生産性を獲得したのがフランスやドイツです。両国が労働時間削減に動いた理由は、オイルショックによる不況でした。失業者が増えたため、その雇用対策として、一人当たりの労働時間を減らして雇用者数を増やす「ワークシェアリング」という政策がとられたのです。労働時間の削減と同時に、休暇も増やしました。フランスもドイツも長期間のバカンスを取得することが有名ですが、当時のワークシェアリングの一環として始まったといわれています。

ただ、この政策は失業対策としては成功しませんでした。時短や休暇取得に取り組んだ結果、労働生産性が高くなり、雇用を増やさなくても従来通りの成果を出すことができたからです。「しっかり休んで短い時間に集中して働けば、生産性はあがる」ということが社会的に実証されたともいえます。

長時間働き続けると疲れて効率が悪くなることは、データでも示されています。1930年代のイギリスの軍需工場のデータを分析した海外の研究があるのですが、「週50時間」を超えた辺りから、生産性が急速に低下することが明らかになりました。もとになったデータはとても古いのですが、人間の体力は当時と大きく変わっていないとすれば、人が効率よく働けるのは「週50時間程度まで」で、限られた時間に集中して働いたほうが生産性は高くなるという考え方は、十分に合理的といえます。

このように考えると、日本企業は「長い時間働いて成果を出す」という従来の発想から、「短い時間に集中して生産性を高め、同じかそれ以上の成果を出す」という方向に切り替える働き方改革は、効果が期待できると思います。また、そういった効率的な働き方をしている企業は、採用市場においても人材をひきつける魅力があります。優秀な人材を獲得できれば、さらに生産性を高めることもできるでしょう。

――日本企業は、なぜフランスやドイツのような生産性を高める方向に向かわなかったのでしょうか。

日本は不況下でも残業代の抑制やボーナスのカットなどを行うことで雇用が比較的守られてきたこともあり、ワークシェアリングという発想が生まれませんでした。むしろ、手取りの賃金が減り消費が抑制されたことで、2000年代初頭からは価格破壊がはじまり、普通に営業していたのでは十分な売上が立たなくなりました。そこで、需要を喚起するために24時間営業をはじめるなど、過剰な「おもてなし精神」で対応する企業が増えました。当然、長時間労働になりますが、ほかの企業もやりだすと過当競争になり、さらに長い時間働くことになる。それでもお客さんは急には増えないので、時間当たりの生産性は低下していったわけです。

もちろん、フランスやドイツのやり方がすべて正解というわけではありません。そもそもワークシェアリングは失業対策でしたが、結果的に雇用は増えなかったという負の側面もあります。しかし、それでも学ぶべきことは多いのではないでしょうか。1960年代には、欧州でも労働時間は決して短くありませんでした。数十年かけて社会全体で考え方を大きく変えてきたのです。

以前、欧州で働いている日本人の方々に現地スタッフの働き方についてインタビューしたことがあります。十数社の異なる企業に勤める方々にお話を伺ったのですが、多くの方から「現地の人は、朝から殺気だっているくらいの仕事ぶりだ」という話を伺いました。夕方5時に帰るところから逆算して猛然と働くわけです。短い時間でも集中して働けば成果を出せる、長期のバカンスも取れる、という考え方が社会規範として根づいています。そこから「余暇を楽しむために頑張って働く」という好循環も生まれています。それが結果的に、競争力へとつながっているのです。

それに対して、日本では成果を出すまで長い時間働こうとする考え方が主流です。すると、翌日も疲れが抜けなくて朝から全力で働くことができず、また夜遅くまで仕事をすることになる。そういう悪循環が続いています。これからの日本は労働力の高齢化がさらに進むため、長時間労働に耐えられる状況ではなくなっていくことは明らかです。生産性を高め、できるだけ短い時間で成果を出すという発想に変えていくことが求められます。

長期休暇がもたらす心身のリカバリー

――2019年4月から、年10日以上の有給休暇が付与されている労働者に最低5日は有給休暇を取得させるよう、労働基準法で義務づけられました。各企業の運用状況はどうなっているのでしょうか。

厚労省の「就労条件総合調査」によると、2019年度は有休の取得率が56.3%で、多少の上昇傾向が見られます。今後出てくる2020年のデータで、さらにこの動きが活発化していることが期待されます。ただし、20年のデータはコロナ禍の影響を大きく受けています。有休取得率が上昇した理由の分析は、やや難しくなるかもしれません。

――フランスやドイツの事例からすると、休みをしっかり取ることは生産性の面からも重要だといえるのではないでしょうか。

欧州のように20~30日のバカンス取得が普通になっている国では、有休はフルにバカンスにあてて、病気休暇はまた別にとるのが一般的です。それに対して日本では、病欠を有休でカバーしています。リフレッシュのために使われる有給は、取得日数よりもさらに少ないと考えられます。その程度の休みで身体がどのくらい休まるのか、頭もリフレッシュされて明晰になるのか。いずれにしても日本は休みそのものが少ないので、まずはそれを増やしていくことが労基法改正の狙いといえそうです。

短く頻繁に休むのと、1ヵ月程度まとめて休むのとでは、どちらが効果的なのかは、目的によって違うと思います。一言で休養といっても、「リフレッシュ」「リセット」「リカバリー」などいろいろな言葉があてはまります。頭も身体も仕事から完全に離れるためには、やはりそれなりの日数が必要なのではないかといったことが議論されています。

――日本でも週休3日制を試験的に導入する動きもあるようです。

日本人は平日1日当たりの労働時間が長く、睡眠不足を感じている人が数多くいます。週末も家庭の用事などで動かないといけないこともあるでしょう。週休3日制にすることで、最低でも1日は完全休養にあて、心身を元の状態に戻す、疲れやストレスを解消するといった「マイナスをゼロに戻す効果」はかなり見込めるのではないかと思います。

それに対して10日~1ヵ月程度のまとまった休暇に期待されるのは、メンタルや健康も含めて「さらにポジティブなところにもっていく効果」でしょう。日本でも今後、より長期の休暇が求められるようになっていく可能性はあると思います。

従業員個人の自己管理意識がより重要になる

――従業員の自律を促す取り組みを実施する企業が増えています。今後、企業はどのような働き方を推進すべきでしょうか。また、従業員にはどのような意識改革、行動改革が求められるのでしょうか。

コロナ禍によって、労働のあり方が大きく変化しています。このまま在宅勤務、リモートワークが一般的な社会になったら、企業が従業員の時間管理を通じて健康管理に責任を持つべきという発想自体を変えていく必要があるでしょう。これまでは定時にオフィスに出勤してくる従業員を退勤まで管理し、それ以外の時間は原則休息しているものと考えることで、総合的な時間管理が可能でした。しかし、在宅勤務ではそれが困難です。

とはいえ、完全に放置してしまうと、従業員の仕事とプライベートの境界線はどんどん曖昧になっていきます。夜中でも仕事が気になってPCに向かってしまう、上司からのメールに時間外でも対応する、そんな生活が続いては睡眠や休息がおろそかになってしまうでしょう。そうならないために、企業はリモートワークにも対応した勤怠管理システムなどのテクノロジーを使って、労働時間を管理していくことが求められます。

時間外には仕事のメールを受信できないようにする仕組みも効果的ですし、最新のヘルステックを使えば、睡眠が十分か、質は保てているかといったデータを可視化して自身の健康状態を把握することもできます。充分な休息を取ると、翌日も朝からしっかりと働くことができて、生産性向上につながります。企業が管理目的で勤怠管理データを取得するだけでなく、そのデータを従業員に共有することで、従業員自身が自分はどのような働き方をすると疲れやストレスが溜まりがちなのかといった気づきを得られれば、良い仕事をするには何が必要かを考える良い循環が生まれてくるはずです。

――従業員が自律的に時間管理できるようにサポートしていくことが、これからは企業の重要な役割となってきそうですね。

その通りです。しっかりと睡眠をとり気持ちよく起きたいという願いは多くの人がもっていると思いますが、現実には仕事や家事に追われ、残った時間が睡眠ということが多いでしょう。また、ストレス解消のためにスマホや動画を見る時間が増えると、ますます睡眠時間を圧迫することになります。仕事だけでなく、さまざまな誘惑が多い現代において、休息を積極的に取って生産性を高める働き方を身体に覚えさせていくのは、個人の力ではかなり難しいのではないでしょうか。そこで企業が「ちょっとしたおせっかい」を焼いて、改善につなげていくことが大事だと思います。

これまでの働き方改革は一律に時間管理をするものでしたが、いつでもどこでも働ける現在は、個々の従業員の状況に応じてカスタマイズした時間管理を行うことが重要です。良い生活リズムをつくって個人の健康管理を手助けすることが、企業の重要な役割になっています。労働者側も、企業が管理してくれるという発想ではなく、自分の身体は自分で守ると意識することが大切だと思います。

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